法定雇用率は満たしていた。それでも一歩踏み出した理由とは。富士興業とローランズの対話が示した、障害者雇用の本質

2024年4月から障害者の法定雇用率は2.5%(従業員40人に1人)へと引き上げられました。さらに2026年7月には2.7%(約37.5人に1人)への引き上げも予定されています。
期限まで半年を切った今、「何から手をつけるべきか分からない」と焦りを感じている企業も少なくありません。

そうした課題の解決策として注目されているのが、「ウィズダイバーシティ有限責任事業組合(LLP)」です。中小企業と福祉事業者が連携し、企業の枠を越えて雇用の場を共につくるこの仕組みは、2019年に国家戦略特区の枠組みを活用して、日本で初めて「事業協同組合等算定特例制度」の認定を受けました。

2026年1月1日付、18社目として参加したのは、大阪で鉄鋼物流を手がける富士興業株式会社(本社:大阪市此花区、代表取締役 木村健治氏)です。同社はすでに法定雇用率を達成していましたが、それでも本質的には達成していなかったのだと言います。

「社員の幸福を追求する企業」という経営理念のもと、創業60年超の鉄鋼物流会社がなぜ一歩を踏み出したのか。発起人である株式会社ローランズ代表取締役・福寿満希が、木村氏にお話を伺いました。

(対談実施日:2026年2月18日)

目次

基幹産業である鉄鋼の輸送を通じて社会に貢献する、創業60年の物流企業

福寿:今日はお時間をいただきありがとうございます。まずは富士興業さんの事業について教えてください。

木村:当社は1962年に創業した、鉄鋼を中心とした重量物を専門とする物流会社です。鉄鋼やアルミ、コンクリートなどの重量物を港で揚げて保管し、運ぶというのが仕事の中心です。

湾岸荷役
鉄鋼製品の陸上輸送

富士興業という社名は、日本製鉄様の源流の1社である富士製鉄様からいただきました。当時の富士製鉄の役員の方が、当社の創業に際して社名を贈ってくださったという経緯があります。資本は入っていないのでグループ企業ではありませんが、日本製鉄様は今も最大のお客様です。創業以来、この社名を大切に守ってきました。

福寿:60年以上にわたって同じ社名を守り続けているというのは、業界における信頼の厚さを感じますね。現在、従業員の方は何名いらっしゃるのですか?

木村:子会社2社を含めると130名を超えています。重量物を扱う特殊な業界ということもあって、障害者雇用についてはずっと悩んできた部分がありました。今日はそのあたりも含めてお話しできればと思っています。

障害者の自社雇用に悩んでいた矢先に出会ったウィズダイバーシティ

福寿:ウィズダイバーシティに参加しようと思ったきっかけについて教えていただけますか?

木村:直接的なきっかけは、すでにウィズダイバーシティに参加されている、ディエスジャパン様からのご紹介です。お話を聞いて非常に良い仕組みだと思い、すぐにローランズさんにご連絡させていただきました。

福寿:つないでいただいたご縁、本当にありがたいです。ディエスジャパン様とは定期的に情報交換をしながら、ウィズダイバーシティをもっと広めていきたいと話しています。

木村:当社は「社員の幸福を追求する企業」を経営理念に掲げています。障害者雇用もその延長にある課題だと感じていたからこそ、すんなり動けたのだと思います。

社員に育ててもらった恩返しを。数学教師が夢だった次男坊」が36歳で社長になるまで

富士興業株式会社 代表取締役 木村健治氏

木村:少し話は長くなりますが、もともと次男坊だった私に、会社を継ぐという考えはありませんでした。高校・大学時代はアメリカンフットボールに打ち込み、将来は高校の数学教師になってアメリカンフットボール部の顧問をやりたいと思っていました。

ところが家庭の都合で私が会社を継ぐことになったんです。非常に悩みましたが、考えてみれば、私が大学に行けたのは両親のおかげですが、そのお金の出所は社員のみなさんが一生懸命働いてくれたおかげです。育ててもらった恩を返したいという思いで、大学卒業後は外部の会社で経験を積み、その後に富士興業に戻って36歳の時に社長に就任しました。その時に「社員の幸福を追求する企業」という考えを経営理念にしたんです。

福寿:社員の方々への感謝が経営理念の根幹になっているんですね。木村さんの思いが会社の方向性そのものになっていて、とても力強い理念だと思います。

木村:当社では働きやすい環境作りにも力を入れてきました。国土交通省が創設した「働きやすい職場認証制度(※)」という運送事業者向けの認証では、三つ星を取得しています。これは法令遵守はもちろん、法令を上回る労働条件や環境改善に取り組んでいると認められた事業者に与えられるもので、三つ星を取得した企業は全国で100社に満たないほどと聞きます。大阪では数社のみです。

※運転者職場環境良好度認証制度

福寿:三ツ星は大企業向けに設計された基準で、取得のハードルはとても高いと伺いました。御社のような中小企業が取得しているというのは、大変なご苦労があったかと思います。

経営学会での学びが、障害者雇用に向き合う気持ちを育んだ

木村:私の中で障害者雇用に向き合いたいという気持ちが育った背景には、当社の取引先から紹介を受けて参加した「人を大切にする経営学会」での活動があります。これは法政大学の元教授である坂本先生が主催する学会で、社員だけではなくその家族、協力会社まで、全てのステークホルダーの幸せを考えることが経営の本質だと学びました。

なかでも印象的だったのは、新潟県にある着物のアフターケアを手がける会社への視察です。障害のある方がそうでない方と一緒に生き生きと仕事をされていて、すごい会社があるものだと思いました。そういった場に関わるうちに、障害者雇用は、企業にとって非常に大事な取り組みだという思いがどんどん高まっていきました。

ただ、そういう思いはありながらも、自分がどう動けばいいか分からない状態が続いていたんです。ウィズダイバーシティのお話をいただいたのは、ちょうどそんな時でした。

福寿:大切なお話を聞かせてくださり、ありがとうございます。障害者雇用への学びが積み重なったところにご縁が重なったことで、すぐに行動いただけたんですね。

重量物業界ならではの苦悩と、共同雇用の仕組みへの共鳴

ウィズダイバーシティ発起人 福寿満希(株式会社ローランズ 代表取締役)

福寿:ウィズダイバーシティの取り組みを初めて聞いた時、どういう印象を持たれましたか?

木村:とても腑に落ちました。大企業がグループ内に特例子会社を持ち、包括的に取り組んでいる事例は知っていましたが、それを中小企業が手を取り合って実現するという発想は、非常に理にかなっていると感じました。それに、当社の課題にも重なると思ったんです。

私たちは鉄鋼などの重量物を重機車両で扱っており、荷を積めば車両込みで40トンになるほどの重さで、危険も伴います。一方で事務もかなり自動化が進み、少人数体制で行っています。このような当社の状況で、障害のある方に切り出せる業務としてなにがあるのか、なかなか見つからなかった、というのが実態でした。

雇用で最も大切なのは、働く人が仕事を通じて幸せを感じられることです。他の社員が営業でお客様と向き合い、重機を操作して現場を動かしている中で、一人だけ違う仕事をしてもらう。それでは、当事者の方に疎外感を与えてしまうのではないかと思いました。悪く言えば、法律を守るためだけの「ファッション」になりかねない。それは「社員の幸福を追求する企業」という当社の理念に反すると感じたんです。

その点、ウィズダイバーシティには受け入れ体制があり、個々の特性や障害の程度に応じて仕事を設計できる余地があります。その環境であれば、その人の強みを活かせる可能性が広がる。当社で直接雇用するよりも、実現できる幅は大きいと判断しました。

福寿:現場で軽作業が少なくなり、専門的なスキルや経験が必要な仕事が増えているという声は多くの業界から聞こえてきます。業界内で、御社と同じような課題を抱えている中小企業は多いのでしょうか。

木村:そう思います。知名度のある大手企業なら、一般的なデスクワークが可能な方を採用できるケースも多いでしょう。しかし一方で、大手同士でもそういった人材の取り合いになっていると聞きます。もともと障害者の直接雇用が簡単ではない中小企業にとっては、なおさらハードルが高くなっているのが現状です。ところで福寿さん、現在の法定雇用率は40人に1人でしたよね?

福寿:40人です。2026年7月からは37.5人に1人になります。

木村:現状は法定雇用率が引きあがっても100人以下の会社には罰則が課せられず、負担が生じない仕組みになっています。そのため、取り組みを後回しにしてしまうケースもあるのではないでしょうか。実は当社も、例外ではありませんでした。

意図せず満たした法定雇用率。でも「本質的には達成していない」

木村:当社が法定雇用率を満たしたのは、以前は健常者だったある社員が病気を原因とする後遺症で障害が残ったためです。リハビリを経て職場に復帰した後は、会社への送迎など周囲の社員がサポートしながら、一緒に働いてくれています。

それまで当社の障害者雇用数はゼロでしたが、その方が重度障害者にあたるため2名分として算定され、結果として法定雇用率を満たすことになりました。

でもこれは、仲間がたまたま障害を持つことになったから数字をクリアしただけのこと。それまでは、具体的な取り組みを何もしてこなかったのが実情です。おそらく、同じような企業は少なくないのではないでしょうか。

福寿:正直に申し上げて、富士興業さんからご相談をいただいたときは驚きました。法定雇用率をすでに達成された企業が、あえてウィズダイバーシティに参加しようとされたのは初めてだったからです。

木村:数字はクリアしても、本質的には達成していないと思っていたんです。

福寿:現在ご参加いただいている企業の多くは、組合内の共同雇用によって障害者雇用を推進し、不足分を補う立場にあります。ただ最近は、御社のように法定雇用率をすでに達成していても参加したいという声が少しずつ増えてきました。流れが変わり始めているのを感じています。

法定雇用率を満たしているにもかかわらず、さらに一歩踏み出すというお考えは本当にすばらしいと思います。社内では「なぜやるのか」といった声は出ませんでしたか?

木村:経営会議でウィズダイバーシティの話をすると、反対こそなかったものの「法定雇用率を満たしているのに、なぜやる必要があるのか」という意見もでました。かかる費用も決して安くはありませんから、当然の疑問です。

ただその時、これは合意形成で進めるのではなく、経営者が判断しなくてはいけないテーマだと思ったんです。そこで「私に一任してほしい」と言って参加を決めました。まずは取り組みを始め、関わる中で徐々に理解を得られれば良いと考えました。

福寿:障害に対する一般的なイメージは、事件の報道などと結びついたりして、どうしても偏りがちです。でも実際には、精神障害のある方も体調が良いときは長時間でも働けますし、誰が当事者かわからないほど自然に溶け込んでいるケースも少なくありません。

私たちは障害者雇用をコストではなく、会社の成長に寄与する取り組みとして捉えていただきたいと考えています。そのため、参加企業に年に1回は直接伺って、従業員の方向けに障害とはどういうものかをお話しする機会を設けています。ぜひ活用していただけると嬉しいです。
木村:ぜひお願いしたいです。私がどれだけ障害者雇用を進めようとしても、一緒に働く同僚や直属の上司がその方の特性を理解して前向きに迎え入れる環境が整っていなければ、本当の意味で力を発揮してもらうことはできません。現場の意識が変わらなければ、せっかくの雇用も形だけのものになってしまう。だからこそ、社員一人ひとりの意識が変わっていくことが何より大切だと考えています。

まずは社員から。共感を広げる仕掛けづくり

福寿:すでにウィズダイバーシティへの発注を始めていただいています。さっそくドライフルーツをご発注いただきましたが、どのように活用される予定ですか?

木村:まずグループ内の全社員に配ることにしました。「会社としてこういう取り組みをしているんだよ」ということを、まず社員に知ってもらうことが大切だと考えたからです。多めに発注した分は、来客時のお土産や訪問先への手土産としても活用する予定です。話題のきっかけ作りになりますからね。

ローランズのドライフルーツ(クリスタルパック 93g)

名刺の裏に「ありがとうファーム」さんのアート作品を入れる取り組みにも興味があります。名刺交換のたびに活動のことを伝えられますし、関心を持ってもらう入口にもなりますね。

ありがとうファーム所属のアーティストの作品を、レンタルアートとして提供しています(株式会社ディエスジャパン PR TIMESより)

4月からはフラワーギフトも始める予定です。パートナーやお子さん、ご両親など、社員が自由に贈りたい相手を選べるのが良いですね。

それから、子ども食堂への支援にも関心があります。日本では子どもの7人に1人が貧困状態にあると言われますが、この支援で本当に大切なのは、何人の子どもを救えたかという数字より、救おうとして行動する姿勢そのものだと思っています。みんなが働いて稼いだお金の一部が、誰かの役に立っている。その事実をきちんと社員に伝えることに価値があると感じています。

ローランズでは「お花屋さんのこどもごはん」として、子どもたちの第三の居場所づくりを行っています

福寿:他にこんなサービスがあったら業界としてウィズダイバーシティに参加しやすいというものはありますか?

木村:サービスの中身以上に、この取り組みの方向性への共感だと感じています。まさにローランズさんのスローガン、「みんなみんなみんな咲け」という考え方に共鳴した企業が集まっているのではないでしょうか。

福寿:ありがとうございます。仰る通りで、障害の有無に関わらず、誰もが自分らしく咲けるということを証明したくて、私たちはこの活動をしています。

木村:理念に共感しているからこそ、支援するなら、より多くの方が活躍できる仕事を応援したいという思いがあります。あったら良いサービスとしては、御社が関東で展開されているお弁当のサービスが大阪にもあればいいですね。貨物船が土曜日に着く時は社員食堂が休みなので、社員にお弁当を手配することが多いんです。そのお弁当が多様な人材の方々によって作られたものだったら、これ以上ない形だと思います。

福寿:大阪でのサービス展開は、私たちも目指しているところです。ハブになってくれる福祉事業所を一緒に探していけたらと思っています。

参加企業が手を取り合い、生き生きと働ける雇用を生み出す

福寿:最後に、これから障害者雇用に取り組まれる中小企業の経営者へメッセージをいただけますか?

木村:AIの活躍によって、これからは実際に手を動かして働く人の価値がますます上がっていくことは間違いないでしょう。そういう時代に伸びる会社というのは、真面目で一生懸命で、チームワークよく仕事ができる人が集まっている会社だと思っています。そのためには、多様な人が力を発揮できる環境作りが欠かせません。

中小企業が障害者の方を直接雇用しようとすること自体は、とても素晴らしいことだと思います。しかし、そこで忘れていけないのは、本当にすべての人が活躍できる土壌が自社にあるかどうかではないでしょうか。障害者の雇用はゴールではなく、活躍できる環境づくりこそが本質だと私は考えています。

福寿:まさにおっしゃる通りで、数だけの雇用が広がってしまうのではなく、本当に仲間として共に働いていく雇用をつくること。中小企業が集まって地域の福祉団体と連携して、そのモデルを一緒に広げていけたら嬉しいです。ウィズダイバーシティでは参加企業によってすでに約30人の雇用が共同で作られ、守られています。通常であれば1社が1人の障害者を雇用するところを、20社ほどが集まって30人の雇用を生み出しているんです。

木村:なるほど、それは大きな数字ですね。先ほどお話した、病気から復帰した社員も定年が近づいています。。定年後も嘱託として残ってくれると思うのですが、いつかその方が引退したら、当社の雇用数はゼロになる可能性もある。そうなれば今度は2名分の雇用が必要になりますよね。それをいきなり自社雇用するのは大変です。今のうちから共同雇用に関わっておくことの意味を、改めて感じています。

福寿:今日は本当に貴重なお話をありがとうございました。

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